農業法人がクラウドで経営管理を始めた。勘と経験からデータ経営へ
「今年の収支がいくらか、決算が出るまでわからない」。これは、私が農業法人を支援するときによく聞く言葉だ。

私は2,000社を超える支援の中で、農業法人も数多く見てきた。野菜農家、果樹農家、米農家、畜産農家。作るものは違っても、共通する課題がある。栽培や飼育の判断が、記録ではなく勘と経験に頼っている点だ。
これは決して悪いことではない。長年の経験は財産だ。だが、その経験が数字として残っていないと、次の世代に引き継げない。補助金の申請にも使えない。そして何より、儲かっている作物とそうでない作物の区別がつかない。今日は、クラウドで経営管理を始めた農業法人の実例と、補助金の使い方を解説する。
収支が「決算まで見えない」問題
私が支援した野菜農家(熊本県、法人化3年目、従業員6名)は、経理をすべて年末にまとめて税理士に渡すやり方だった。
このやり方の問題は、期中の経営判断ができないことだ。ハウスを1棟増やすべきか、人を1人増やすべきか。判断材料になる数字が、決算が出る翌年の春まで手元にない。結果、感覚で意思決定をするしかなかった。
クラウド会計を導入し、日々の入出金を記帳する体制に変えたところ、月次で粗利益が見えるようになった。すると、これまで「儲かっている気がしていた」トマトより、実は手間のかからないきゅうりの方が利益率が高いことが数字で判明した。翌年の作付け計画を、勘ではなく数字で組み直した結果、法人全体の粗利益が前年比で18%改善した。
クラウド会計導入で見えるようになったもの
- 作物別の収支:どの作物が本当に利益を出しているかが月単位でわかる
- 資金繰りの予測:季節変動が大きい農業でも、数ヶ月先の資金状況が予測できる
- 補助金申請の根拠資料:過去の収支データがそのまま申請書類に使える
- 金融機関への説明:融資相談の際、感覚ではなく数字で説明できる
栽培記録のデジタル化が技術継承を支える
収支の見える化と同じくらい重要なのが、栽培記録のデジタル化だ。
私が支援した果樹農家(愛媛県、みかん・柑橘類、法人化5年目)では、栽培のノウハウがすべて先代の頭の中にあった。「この畑は今年は肥料を控えめに」といった判断が、経験と勘によるものだった。
栽培管理アプリを導入し、畑ごとの作業内容・肥料の量・気温や天候・収穫量をスマートフォンで記録する体制に変えた。最初は「メモを取る手間が増える」と現場から反発もあったが、3ヶ月続けたところ、畑ごとの収量データが蓄積され始めた。1年続けると、どの畑がどんな条件で収量が上がるかが、初めて数字で説明できるようになった。
【実録:畜産農家の事例】
鹿児島県の畜産農家(肉用牛、法人化7年目)では、個体ごとの体重・餌の量・健康状態を紙の台帳で管理していた。これをクラウド型の個体管理システムに切り替えたところ、出荷時期の見極め精度が上がり、出荷ロスが減った。加えて、後継者である息子さんが「先代の経験を数字で理解できるようになった」と話しており、事業承継の準備にもつながっている。
スマート農業補助金の活用
クラウド会計や栽培管理システムの導入には、費用がかかる。だが、農業分野には活用できる補助金が複数ある。
スマート農業技術の導入を支援する国の補助事業や、都道府県・市町村単位のIT導入補助が組み合わせて使えるケースが多い。私が支援した農業法人の多くは、栽培管理システムやセンサー機器の導入費用の半分近くを補助金でまかなっている。
補助金申請で重要なのは、申請書に書く「導入前の課題」と「導入後の効果見込み」を、具体的な数字で示すことだ。「なんとなく効率化したい」という申請書は通りにくい。逆に、クラウド会計で作った過去の収支データや、栽培記録アプリで蓄積したデータがあれば、そのまま申請の根拠資料として使える。
補助金申請でつまずきやすいポイント
- 数字の裏付け不足:導入前の課題を感覚でしか説明できず、審査で弱くなる
- 申請時期の見落とし:スマート農業関連の補助金は公募期間が短いものが多い
- 併用条件の未確認:複数の補助金を併用する際、対象経費が重複できない場合がある
- 導入後の報告義務:効果測定のためのデータ記録が事後報告で必要になる
補助金は「使えるうちに使う」ものだ。年度によって内容が変わるため、自社が対象になる制度がないか、早めに確認することを勧めている。
まとめ
- 農業法人の多くは、収支判断を勘と経験に頼っており、決算が出るまで数字が見えない状態にある
- クラウド会計導入で月次収支が見えるようになり、作付け計画を数字で組み直した結果、粗利益が18%改善した事例がある
- 栽培記録・個体管理のデジタル化は、技術継承と事業承継の準備にもつながる
- スマート農業関連の補助金は、導入費用の半分近くをまかなえるケースがある
- 補助金申請には、クラウド会計や栽培記録で蓄積した数字を根拠資料として活用できる
著者プロフィール
伊藤健太|株式会社ウェイビー 代表取締役CEO
23歳、病気をきっかけに、小学校友人4名、資本金5万円で起業。2011年から起業支援の行政書士として国内有数の年1,000社超の起業に携わる。その後、売上アップ、仕組み化、新規事業、事業承継、AI、DX化など1万社超の起業家、経営者の成長支援をサポート。全国700回を超える講演、著書7冊。
1986年横浜市生まれ、熊本市在住。慶應義塾大学法学部卒業。元徳島大学客員教授。ダボス会議 U33メンバー。東京都INCU Tokyoメンター。熊本市スタートアップメンター。
よくある質問
- 農業法人がクラウド会計を導入するメリットは何ですか?
- 決算を待たずに月次で収支や粗利益が把握できるようになり、作物ごとの収益性の違いを数字で判断しやすくなります。季節ごとの資金繰り予測が立てやすくなるほか、融資相談や補助金申請の際に説得力のある根拠資料として役立つ傾向があります。
- スマートフォンの操作が苦手でも栽培記録をデジタル化できますか?
- 最初は記録する手間に反発が出ることもありますが、スマートフォンで手軽に入力できるアプリを選ぶことで定着しやすくなります。数ヶ月継続してデータが蓄積されると、天候や作業による収量の変化が可視化され、技術継承にもつながるケースが見られます。
- 農業向けツールの導入費用に使える補助金はありますか?
- スマート農業技術の導入を支援する国の補助事業や、自治体のIT導入支援制度などを活用できる場合があります。導入前の課題や導入後の効果を見込みも含めて数字で具体的に示すことで、申請書類の説得力が増し採択につながりやすくなる傾向があります。
